melancholy

2011年04月06日
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久しぶりの土手。

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例えばこのコたちに限っては、人を疑うってことを知らない。

幸せに生きてきたからね。

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そりゃあ少しの失望くらい、感じることもあったかもしれない。

期待したのに、貰えなかったオヤツだったり、
お出掛けだと思ったら、お留守番だったとか、

でもそんなのは「理解」を導き出すために巡る道筋にすぎない。
何故なら私たちは、決して見捨てたりはしないから。



以下、ただのmelancoliaの呟きです。。

私の祖父は、長崎で海運業をしていました。
原爆が投下された後、被爆地へと物資を運んでいました。

戦後の混乱した時代、原因は解らぬまま祖父は若くして病で亡くなり、
私の父を含め、まだ幼い子供たちが残されました。
その中には、生後間もない叔母がいました。

叔母はずっと健康で、県外に出て結婚、子供にも恵まれました。
趣味は貯蓄。子供目線にもハッキリ判るほどキッパリとしたケチでしたが、
何を思ったのか私にロケットペンダントを贈ってくれたことがありました。
ハート型で真ん中に赤い石が埋め込まれた子供の玩具ではないそれの、
中には好きな男子の写真を入れるのだと、こっそり教えてくれました。
思い出すのは、裏山のアケビと焼けた砂利道の匂い、そしてあのロケット。

しかし叔母は二人目の子供を妊娠した時、白血病を発症。
産むことは諦め命懸けの堕胎、その後二年半に及ぶ闘病生活の末、
幼い娘を残し、30歳半ばで亡くなりました。

そのとき私はまだ小学生でしたが、
隔離された病室のビニールのカーテン越しに何度か見た叔母の顔を、
今でもハッキリと覚えています。

叔母の残した娘、私の従妹が今何処でどうしているのか、
叔父の再婚後の消息を、私は知りません。
元気でいるのかも解りません。

ただ、今の私より若くして亡くなった叔母の顔を、私は最近、
鏡の中にみつけます。

・・・・

よく、似てきたよね?
あのロケット、人にあげちゃったんだよね・・・
私、ケチなとこは似なかったからねw




 ただちに人体には影響はない

 広島・長崎は10年で復興した

 風評被害に注意しましょう





その通りなのでしょう。

私くらいの年齢で、この先子供も望まなければ、どうってことはない。

杞憂に終わればそれでいい。


緩やかで 残酷な 正義感と依存心の拡大。焦燥。

人が人として生きていく為の優先順位は、難しい。





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Comment
本当に怖いのは30年後ってとこですか。
幼い子供を残して逝くのはどんだけ無念だったことか。
俺も杞憂だと思いたいけれど、
「予想をはるかに超えた災害で仕方なかった」で済ませそうだもんね。
国民の安全よか国の復興第一でさ。
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Re: タイトルなし
とーるさんへ

> 本当に怖いのは30年後ってとこですか。

どうなんでしょうね?
なんか矛盾は点は見受けられますが、私は専門家ではないですし、
世間話をする程度の相手に、どうなんだろうね?と聞かれたら、、
「メディアに出てくる専門家や学者の方々は皆、
 口をそろえて大丈夫と言っているのだから、大丈夫なのでしょう?」
と答えますけどね、一応。


> 幼い子供を残して逝くのはどんだけ無念だったことか。

だったと思います。
子供いないので、私には想像も出来ないことですが。。
子供の私には知らされないところでは、凄まじいものがあったようですし。。


> 国民の安全よか国の復興第一でさ。

こんなの言っていいのか、どうか、、まぁいっか、あくまで私個人の主観だし。
最近のCM観てると、なんか気持ち悪くって。。
勿論、国民が想いをひとつにして皆で頑張っていきましょうっていうのは素晴らしい。
素晴らしいんだけど、、、なんだろう、この違和感・・・みたいなね。
大昔からある「自分より可哀想な人がいるんだから・・・」っていう意識的先導?
あぁ非国民って言われちゃいますねぇ。。でもなんかねー。なんかねぇ。なんか。。

Re: タイトルなし
鍵コメさんへ

> こんなエントリーの時こそハッキリと自分の意見を述べられたら
> でも、、鍵コメでしか残せない弱っちい人間です。。

こんなエントリーを、ここにあげてしまうこと自体どうなんだろう?という葛藤は私にもあるのですよ。
だから本当は震災から数日後に書きかけて、どうしようかと、ここまで寝かせてしまったくらいで。
それでもこのことは私という人間を作っていく過程で少なからず影響を与えた出来事であり、
こんなときだからこそ聞いて頂きたいことでもあると思い書きました。
ただ、決して煽るつもりはなく、ひたすら私個人が感じるジレンマとして受け取って頂ければと。
ですから、鍵コメでも私にとっては十分ありがたいのです。


> 胸が苦しくなります。

うん。なので、せっかく世の中が前向きに明るく復興に向かおうってときに、
敢えてこんなことを・・・っていうのがね。どうなんでしょうね?

でも、もし、もしも、、30年後に叔母と同じような不幸が訪れる人達がいたとして、
実は30年前に私はこんなこと思ってました、って、
そのときになって今更それを言うのか、って、、、
そう思ったら、今言うか、死ぬまで言わないか、どっちかだなと思って。


> でもそれをちゃんと考えなきゃいけない。

私が常に最悪の事態を考えておくってことと、どう生きていくかってことを、
子供の頃から考えるようになったきっかけは、この叔母の死からだったかもしれません。
不幸って、命ある限りは意外と底がないんですよね。
今が最悪だと思っていたのに、あっさり越えることが起こるのも人生。その逆も然り。
大切なものがあるのなら、強く賢くならなくてはと思います、本当にそうでありたいです。


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